夜半に紡ぐ徒然草

地方公務員3年生の日記です。

「広いお家がよかった」

都会のど真ん中の2DKのマンションで育った私は、ずっとそう思っていました。

6畳ほどのお部屋が二つに、5畳ほどのダイニングが一つ。

「家賃は15万だったけど今は13万にしてもらっているよ」という母の言葉は小学生の頃に出来心で「家賃いくら?」と尋ねたときに返ってきた言葉です。

そのときは「13万にしてこの広さか」ととても割高に感じていましたが、自分で家賃を払っている今思うと、たしかに狭いけれどもオートロックや追い炊き機能、お部屋には床暖房まで完備しているので「そんなものかな」と思っています。

 

私には3つ下の弟がいるので、一人暮らしをするまでの23年間、6畳という一つのお部屋で一緒に暮らしてきたのですが「狭い!」と思うことは日常茶飯事でした。

おまけに弟の身長がどんどん伸びるのに反比例してお部屋内の私のテリトリーがどんどん弟にとられていくものだから、「仕方ない」と割り切りつつも一方でやっぱり「自分の部屋があったらなぁ」といじけたこともあります。

だから、もし自分の部屋があったら、自分の好きなものを好きなように壁に飾れるし部屋も掃除できるし勉強したいときも寝たいときも全部自分のタイミングでできるのになぁ……と、「自分の部屋」というものに対する憧れはかなり強かったのです。

 

家族が揃うとお家の中の酸素が薄く感じられるくらいに狭いお家では、みんながなにかしら大なり小なりの我慢をしあって過ごしていたことは事実ですし、各々それがしんどいと感じることは多々あったはずです。

では「小さなお家」は最悪だったのか――。

これについては最近、そんなことはないかもしれない、と考えるようになりました。

「小さなお家」だったからこそケンカをしようが親に怒られてふてくされようが、食事の時間になれば互いに顔を合わせてご飯をたべなければならないので仲直りするのは早かったですし、それこそ分刻みで顔を合わせるおかげで誰が今どんな気持ちなのかはたいてい分かりました。

「何を考えているか分からない」という人は私のお家にはいませんでした。

もし一人に一部屋与えられるようなお家だったら、もし3階建てのようなお家に住んでいたら……。

 

確実に、今とはなにかが違っていたのでしょう。