夜半に紡ぐ徒然草

地方公務員3年生の日記です。

毎年なにを提出していたか、覚えていない。

24時間テレビも終わってしまって、また今年も夏が終わるんだなぁという気持ちになっています。

気温的にはまだまだ暑い日が続くのは分かっているのですが、幼い頃に刷り込まれている「夏休みは8月31日まで」という習慣と、ちょうど24時間テレビの放送時期が合うため、いまだに「24時間テレビ=夏休みが終わる=宿題やらなきゃ」という図式が無意識に脳内で組み立てられるのです。

もうとっくに、「夏休み」も「宿題」もないのですが。

 

夏休みの宿題のなかで一番労力がかかる(個性が出る)ものといえばやっぱり自由研究ではないでしょうか。

こればかりは自分の発想力が勝負になるため、毎年今年は何をしようかと小さい頭を悩ませていたものです。

小学校中学年くらいまでは、工作でなんとか凌げますが、高学年になると人によってはプチ科学実験をしてそのレポートを仕上げてきたりもするので、即興で凌げる工作を出すとやや恥ずかしい思いをした覚えがあるのです。

結局6年生のときには、あまり簡単なものは恥ずかしいから出したくない一方、残念ながら文系の私には自主的に化学実験をするという発想はありませんでしたので、裁判員制度について調べ上げてまとめたものを提出しました。

今から思うと、もうちょっとかわいげのあるものを研究対象にすればよかったなぁと思うのですが。

 

話しかけやすい人は、

「きちんとした格好をしていて、いつも笑顔でいる人」だと今朝観た動画でいっていました。

なるほど、確かに怖い顔をしているひとには話しかけずらいかも、と普段から眉間にしわを寄せている私は気をつけようと自省したのです。

昔は、なにかといろいろ知っている人からも知らない人からも話しかけられる方でしたが、高校生くらいからあれこれ常に一生懸命考えてしまう癖がつき、それから十年近くたった今では真顔(というより死んだ魚の目)をしていることの方が多い気が……。

大人になるにつれて背負うものも年々増えて、考え事が増えてしまうのは致し方ないのかもしれませんが、それを表に出すか出さないかがきっと「プロ」と「素人」の分かれ目なのでしょう。

「楽しい事があるから笑顔になるんじゃない。何もなくても笑顔でいるから楽しい事が舞い込むんだ」という動画の締めくくりに流れた言葉に思わず「深いな……。」とつぶやいたのでした。

 

さて、そんな動画を朝から見たためでしょうか。

スーパーでオクラを選んでいたときには、通りすがりのおばあちゃんから唐突に「痛んでいないオクラの見分け方」を教えていただきましたし、その帰りがけにはスマホショップの呼び込みのお兄さんに「重そうですね」と声をかけられたのです。

「これは動画効果かしら?」とさっそく家に帰って自分の顔を鏡で確認したところ、控えめにニコニコした自分が映っていたのでした。

 

「広いお家がよかった」

都会のど真ん中の2DKのマンションで育った私は、ずっとそう思っていました。

6畳ほどのお部屋が二つに、5畳ほどのダイニングが一つ。

「家賃は15万だったけど今は13万にしてもらっているよ」という母の言葉は小学生の頃に出来心で「家賃いくら?」と尋ねたときに返ってきた言葉です。

そのときは「13万にしてこの広さか」ととても割高に感じていましたが、自分で家賃を払っている今思うと、たしかに狭いけれどもオートロックや追い炊き機能、お部屋には床暖房まで完備しているので「そんなものかな」と思っています。

 

私には3つ下の弟がいるので、一人暮らしをするまでの23年間、6畳という一つのお部屋で一緒に暮らしてきたのですが「狭い!」と思うことは日常茶飯事でした。

おまけに弟の身長がどんどん伸びるのに反比例してお部屋内の私のテリトリーがどんどん弟にとられていくものだから、「仕方ない」と割り切りつつも一方でやっぱり「自分の部屋があったらなぁ」といじけたこともあります。

だから、もし自分の部屋があったら、自分の好きなものを好きなように壁に飾れるし部屋も掃除できるし勉強したいときも寝たいときも全部自分のタイミングでできるのになぁ……と、「自分の部屋」というものに対する憧れはかなり強かったのです。

 

家族が揃うとお家の中の酸素が薄く感じられるくらいに狭いお家では、みんながなにかしら大なり小なりの我慢をしあって過ごしていたことは事実ですし、各々それがしんどいと感じることは多々あったはずです。

では「小さなお家」は最悪だったのか――。

これについては最近、そんなことはないかもしれない、と考えるようになりました。

「小さなお家」だったからこそケンカをしようが親に怒られてふてくされようが、食事の時間になれば互いに顔を合わせてご飯をたべなければならないので仲直りするのは早かったですし、それこそ分刻みで顔を合わせるおかげで誰が今どんな気持ちなのかはたいてい分かりました。

「何を考えているか分からない」という人は私のお家にはいませんでした。

もし一人に一部屋与えられるようなお家だったら、もし3階建てのようなお家に住んでいたら……。

 

確実に、今とはなにかが違っていたのでしょう。

 

服用ルール

薬はきちんと医師の指示通りに飲むのが大切ですが、複数種類処方されたときは大変です。

いまは風邪を放置したために鼻炎とコラボしてしまうという惨事に見舞われているのですが、病院でいただいたのは5種類の飲み薬。

「朝食後」「夕食後」「就寝前」だけかと思っていたら「夕食後」だと思っていたうちの一つが「夕食前」だったことに服用したあとに気づき、先ほど絶望に近い悲しみにくれていたところです。

お薬って「食事前と食事後の区別は間違えると効かない」といいますし、なのに既にタイミングを誤って服用して2日経過しているので、貴重な2/7(日分)を無駄にしてしまったのですから……。

 

ところで複数種類処方されたときは、数が多いあまりうっかり1つ2つ飲みそびれるということも以前は良くありました。

いっとき、薬局で売っている年配の方向けの「曜日と時間帯ごとにお薬を分けられる壁掛けのポケットカレンダーのようなもの」を、買おうかどうしようか本気で迷ったことがあるほどです。

それほどしょっちゅう薬を常用しているわけではないので、結局買っても出番は少なそうだと考え直してその時は買いませんでしたが、以来かわりに、飲むタイミングごとに洗濯ばさみで分別し、テーブルの上など「絶対に飲むスポット」に置くようにしています。

ちなみに「食前」の薬の待機場所は冷蔵庫。

ご飯を食べる前に絶対に目に入る場所においてあります。

 

生き急ぎすぎ

まだ8月だというのに百円ショップに行ったらハロウィングッズが並べられていて驚きました。

たしかに早いうちから店頭に並べて買ってもらおう、という先手必勝作戦は大切だと思いますが、いくらなんでもまだセミが鳴いているようなときから売り出さなくても。

とくにまだ日中は日差しが暑いので、あのようなどぎついオレンジのかぼちゃは目にするだけで汗が出てきますし、そのかぼちゃの隣の棚に扇子売り場が設けられているあたりはその場にいるだけで気候感覚がおかしくなりそうです。

 

しかし暑いとは言ってもお盆はすぎましたしなんとなくここから秋になっていくのかなぁという気がし始めています。

いたるところでセミがお亡くなりになっている(なろうとしている)のを目撃しますし、暗くなってきた頃に草むらのそばを歩くと鈴虫のような虫の音も耳に入ってきて、すこしばかり秋を感じるのです。

もうすこし辛抱すれば夜は窓を開ければ涼しさを堪能できるのでしょうか。

先日ためしに冷房をつけっぱなしで眠ったら、案の定喉をやられてそのまま風邪をひいてしまいましたので、はやく自然な涼しさのなかでぐっすり眠りたい……。

 

こだわり

ブログをはじめて2ヶ月目。

もうはてなの仕組みにはだいぶ慣れてきたかなぁと思い始めていたのですが、ふとしたときにアイキャッチ画像の消し方が分からなかったり、記事に投稿しようとしたもののやっぱりやめた写真の削除方法が分からなかったりして戸惑うことがあるので、やっぱりまだ慢心するのは早いのだなぁと感じています。

とくに昨晩は、設定した覚えのないアイキャッチ画像の消し方が何時まで経っても分からずいっそ一から記事を作り直そうかとも思いましたが、それだとせっかくみなさまからいただいたお星様を無駄にしてしまうことになり、それはそれでとても心苦しかったため最終的にはプリセットのアイキャッチ画像で応急処置を施した次第です。

当ブログはいちおう見た目の統一感にはこだわって作っているので、今のように意図しない画像がアイキャッチ画像としてトップ画面に表示されるのことは運営者としてはとても歯がゆいのですが……消し方が分からないので仕方ありません。

目立たなくなるように記事をもっともっと書かねば、と気持ちを切り替えることにしました。

 

ブログの記事が増えてくると、見た目の統一感はもちろん、内容の統一感にもいっそうこだわっていかなければ、と思います。

おしゃれ系の情報を発信しているブログには読み手の方はその「キラキラ感」を期待し続けているわけですし、独特なセンスを放つブログにはその「ユーモアあふれるクセになる感じ」を今日も期待してページをクリックしているのですから。

このブログに毎晩来てくださる方のご期待に、私も応え続けていきたい所存です。